黒江萬白が2026年6月11日未明に公開した「【 シュレディンガーズ・コール #1 】 話題の泣けるゲームやってみる 【 #VTuber / #黒江萬白】」は、約4時間32分のノベルゲーム配信だった。扱ったのは、人生最後の電話をめぐる『シュレディンガーズ・コール』。概要欄でもネタバレ注意が置かれ、公式サイト、開発・販売元表記、本人の公式導線がまとまっている。
この回でまず残るのは、黒江萬白が「ノベルゲームを配信でやる」ことへの少し慎重な前置きから始めたところだ。冒頭4分台、ノベルゲームは好きだが、途中から来た人には分かりにくいかもしれないと話しつつ、それでも世界観が素敵なので共有したいと説明している。配信者が好きなものをただ始めるのではなく、見る側の入り方まで気にしてから始める。その一言があるため、長い物語を追う配信でも、読者は「どこを一緒に見る記事か」をつかみやすい。
記事タイプとしてはゲーム配信記事だが、攻略手順の解説ではない。字幕で確認できる範囲をもとに、黒江萬白がどこで戸惑い、どこで推理し、どこで言葉を選んだかを整理する。特に印象に残るのは、メアリーが電話へ出るまでの手探り、猫のハムレットが提示する「世界最後の話し相手」という役割、ルーシーとウィリアムの望遠鏡をめぐる終盤の選択だ。どれも画面の展開だけでなく、黒江萬白の反応があって初めて配信として見える場面だった。
配信の根拠としては、アーカイブ本体、日本語自動字幕、概要欄、本人の公式YouTubeチャンネルと公式X、公式Ci-en、『シュレディンガーズ・コール』公式サイトを確認した。本文ではゲーム内容に触れるため、未視聴で完全にまっさらな状態を保ちたい人にはネタバレを含む。逆に、アーカイブを見る前に「どんな流れの初回だったか」を把握したい人には、電話、記憶、選択肢、終盤の余韻を追う入口になるはずだ。
ノベルゲームを配信で共有するための前置き

冒頭の黒江萬白は、ゲームを始める前に少し丁寧に事情を置いている。ノベルゲームやインディー寄りの作品が好きで、裏ではこれまでにも遊んできたこと。一方で、配信としては途中から来た人が分かりにくい可能性があること。だからこそ、今回は「世界観が素敵すぎるので、みんなと共有しながらやりたい」と説明する。ここは小さな導入だが、今回の記事の読み方にも関わる。
ノベルゲーム配信は、アクションゲームのように画面の勝敗だけで山場が立つわけではない。文章を読む速度、選択肢で迷う時間、物語の前提を思い出す時間が、そのまま配信の流れになる。黒江萬白はその難しさを先に分かっていて、キーマウ操作が得意ではないことや、読み上げる内容が多いことにも触れていた。視聴者にとっては、うまく進めるプレイを見るというより、物語を一緒に受け取る回だと分かる導入だった。
実際、ゲームを始める前から、黒江萬白は「最後、人生最後の話し相手になる女の子が、いろんな人と最後に話をしていくゲーム」と概要を噛み砕いている。公式サイトや概要欄だけを読めば、作品の設定はもっと短く説明できる。しかし配信では、本人がいま理解している範囲で言葉にしてから入るため、初見の視聴者も同じ位置に立てる。情報を全部知っている案内役ではなく、いまから一緒に分かっていく人として始めているのがよかった。
さらに、BGMが良いらしいと前もって触れていたことも、後の反応につながる。26分台で黒江萬白が「BGMがいい」と反応する場面は、単なる褒め言葉ではない。始める前から音楽を気にしていた人が、実際の場面でその予感を受け取る流れになっている。ノベルゲームでは、文章、音、画面の間が同時に効いてくる。今回の初回配信は、その三つをどう受け取っているかが何度も見える。
概要欄の時点で、公式サイト、開発元、販売元、権利表記が明記されている点も確認しておきたい。ゲーム配信の記事では、作品の画面や設定を扱うため、どの作品をどの立場で見ているかが曖昧だと読みにくい。黒江萬白の概要欄は、ネタバレ注意を先に出し、そのうえで作品公式への導線を置いている。本文でも、この配信を「泣けるゲームらしい」という評判だけで扱わず、アーカイブと公式サイトへ戻れる形にした。
この前置きは、配信者自身の活動導線とも重なっている。チャンネルの概要欄やプロフィール側には、YouTube、X、Ci-enなどの公式リンクがまとまっており、今回の配信もゲーム一本で閉じず、黒江萬白のいつもの活動場所へ戻れるようになっている。初めてこのアーカイブで知った読者にとっては、ゲームの続きだけでなく、本人が普段どんな雑談や歌枠、ゲーム配信をしているかを確認しやすい。
体験的具体例として分かりやすいのは、視聴者が途中から入る時の迷いやすさだ。長いノベルゲームの1時間目から見ていない人は、誰が誰で、なぜ電話をしているのか分からなくなることがある。黒江萬白は冒頭でその可能性を話し、配信中にも「今ルーシーを救おうとしているところ」など、現在地を言い直している。これは配信者本人のためだけでなく、途中参加者やアーカイブ視聴者への案内にもなっていた。
もう一つの具体例は、操作と読みの切り替えだ。コントローラーが震える場面では、黒江萬白がその反応に驚き、ゲームの没入感へ一歩引き込まれる。ノベルゲームは読むだけだと思っていると、コントローラーの振動や画面の演出が急に身体へ入ってくる。視聴者も、文字を追っていたはずが、配信者の驚きで「いま手元にも何か起きた」と分かる。こうした反応があるから、静かなゲーム配信でも画面の外側に動きが出る。
序盤で印象に残る三つ目の具体例は、健康上の注意や強い光への注意を読みながら、黒江萬白が視聴者へも注意を促すところだ。これは大きな見せ場ではないが、長時間配信では大切な入口になる。ゲームの世界観へ入る前に、見る側の状態を一度気にする。作品のムードを壊さない程度に現実へ戻す一言があるため、重いテーマのゲームでも、配信としては無理に沈み込まずに始められる。
この前置きがあるから、後半の重い展開もただのストーリー要約にならない。黒江萬白は、作品を好きになりそうな期待と、視聴者へどう共有するかの意識を持ったまま進めている。『シュレディンガーズ・コール』は「最後の電話」という題材上、死や後悔に触れる場面が多い。そこへ一気に飛び込む前に、好きなゲームを一緒に読む姿勢を置いたことが、初回配信の見やすさを作っていた。
もう少し細かく見ると、この導入は「説明しすぎない」ことでも成立している。作品の全体像を先に語り切るのではなく、最後の電話、話し相手、BGM、世界観という入口だけを示し、あとは画面を進めながら一緒に確かめる。初見ゲーム配信では、前情報を詰め込みすぎると本編に入る前から疲れてしまう。黒江萬白はそこを短く留め、気になる点を残したままニューゲームへ入った。結果として、視聴者も「答えを教わる」より「一緒に知らない部屋へ入る」感覚で見始められる。
電話へ出るまでの迷いが、物語の入口になった

ゲーム本編に入ると、最初に強く残るのは「何も分からない」状態だ。メアリーは自分の状況をつかめず、電話、声、世界最後という言葉だけが先に置かれる。黒江萬白もそれを受けて、「世界最後ってどういうこと」「思考をぶち抜かれている」といった反応を挟む。ここで配信が分かりやすいのは、分からなさを隠さず声に出しているところだ。
25分台、メアリーは「世界最後の話し相手」になると告げられ、電話を取る。黒江萬白は、電話に出てどうするのか、急に言われても困ると反応しながら、選択肢を進める。ゲームとしては受話器を取れば先へ進む場面だが、配信ではその前の戸惑いが大事になる。視聴者も、何が起きているのか分からないまま、本人の声を頼りに状況を追っていくからだ。
26分台には、シキの向こうへ耳を澄ます描写とともに、無数の誰かの息遣いが感じられる。黒江萬白はそこでBGMに反応し、映像の綺麗さにも触れる。こういう反応は、ノベルゲームの記事では意外と重要だ。文章だけを抜き出すと「電話に出た」「声が聞こえた」で終わるが、配信では音や画面の変化が、恐さや期待の強さを作っている。黒江萬白がそれをすぐ拾うため、視聴者も演出の効き方を意識しやすい。
電話の合言葉として「もしもし」を選ぶ流れも、この回らしい。ハロー、もしもし、と候補を受け取りながら、黒江萬白は「もしもし」にしたいと迷う。電話という日常の動作が、死にきれない魂とつながる異様な仕組みへ変わる。その一歩目が「もしもし」なのは、怖さと親しみやすさが同時にある。読者にも想像しやすい具体例だ。知らない番号へかける時、誰かが出るまでの数秒が妙に長く感じる。配信では、その小さな緊張がゲームの世界設定へ重なっていた。
33分台からは、最初の相手との対話で、選択肢の難しさが見えてくる。「それは誰のこと」と聞くのか、「辛かったの」と寄り添うのか。黒江萬白は右側だろうと判断しながらも、選択がうまくいかない場面で「難しい」と反応する。ここは、ゲーム配信としての山場の作り方が分かりやすい。敵を倒すのではなく、相手の言葉をどう受け取るかで進行が変わる。正解を当てるゲームのようでいて、実際には相手の苦しみをどう聞くかが問われている。
この「言葉を選ぶ難しさ」は、後半のルーシーとの対話でさらに大きくなる。序盤の失敗や迷いを見ているから、終盤で黒江萬白がルーシーの気持ちになる必要があると立ち止まる場面が効く。初回配信としては、序盤の小さな選択ミスが単なる操作ミスではなく、作品のルールを身体で覚える時間になっていた。
42分台には、猫のような存在が登場する。黒江萬白は「にゃんこ君の名前は」と反応しつつ、首の鍵のようなものや、どこを見ているか分からない雰囲気を拾う。のちにハムレットとして会話を進めるこの存在は、説明役でありながら、完全には信用しきれない距離にいる。黒江萬白も「猫に化けているのか」「シュレディンガーの猫ってことだよね」と考えながら進めていた。
ハムレットとのやり取りで大事なのは、世界観の説明が一方的な解説にならないところだ。ハムレットは、ルーシーを救うこと、電話の向こうに心残りを抱えた魂がいることを示す。しかし黒江萬白は、その説明をただ受け取るだけではなく、メアリーも家族の悲しみを持っているのではないか、ルーシーの番号は手帳にあるのではないか、と自分でつないでいく。配信で見ていると、視聴者も同じように手がかりを拾う感覚になる。
この章で特に効いていたのは、黒江萬白が「これは説明されたこと」と「自分で考えていること」を声の中で分けていた点だ。ルーシーを救うという目的はハムレットから出てくる。一方で、メアリーにも家族の悲しみがあるのではないか、猫は本当に猫なのか、電話がつながることで存在が確定するのではないか、という部分は本人の推理として話される。視聴者は、その線引きを聞きながら、確定情報と仮説を混ぜずに追える。
ノベルゲーム配信で難しいのは、台詞を読み上げるだけだと朗読に近くなり、逆に推理を挟みすぎると物語の流れが止まることだ。今回の黒江萬白は、その間を行き来していた。場面が動く時は画面の言葉を受け取り、分からないところでは一度自分の言葉で整理する。たとえば、電話の番号を見つける前後では、手帳、黒電話、ルーシーの名前を順に確認し、今どこへ向かっているかを短く戻している。これがあるので、4時間半の長さでも、読者が拾える節目が生まれていた。
ここでの体験的具体例は、初見の物語ゲームでありがちな「分からないものに名前をつけながら進む」時間だ。猫なのか、案内人なのか、鍵なのか、電話なのか。全部がはっきり説明される前に、画面の小物や台詞から仮説を立てる。黒江萬白はその仮説を口に出すため、アーカイブで後から見る人も、ただ答えを聞くのではなく、同じ順番で理解を更新できる。
電話をかける場面では、手帳に出てきた番号を読み、黒電話へ数字を入れる。黒江萬白は「おばあちゃんちにあった」と反応し、古い電話機の手触りを現実側の記憶へ戻している。作品内では世界最後の通話という大きな題材を扱っているが、配信者の反応はかなり生活に近い。黒電話を見た時の懐かしさ、番号を押す不安、つながった時の驚き。こうした身近な反応があるため、重いテーマでも読者が場面を想像しやすくなる。
同じ場面で、電話がすぐにはつながらず「もしもし」と声をかけ直す流れも効いていた。現実の電話でも、相手が出たのか、まだ呼び出し中なのか、一瞬だけ分からない時間がある。配信では、その小さな間が物語の不気味さへ重なる。黒江萬白が「思い切って声をかけてみる」と進めることで、視聴者も受話器の向こうへ一歩踏み込むような感覚になる。ここは、静かなノベルゲームでも配信として緊張が立つ典型的な場面だった。
ルーシーの未完了通話を追う時間

中盤以降、配信の軸はルーシーとウィリアムの未完了通話へ移っていく。ここからは、ゲーム内の情報量も感情の重さも一気に増える。ルーシーは息子ウィリアムと電話していたが、世界に月が落ちたことで通話が未完了のまま残っている。ハムレットはそれを説明し、メアリーは世界最後の話し相手として、その通話の続きを演じることになる。
1時間40分台から1時間50分台にかけての説明は、この作品の見方を大きく変える場面だった。世界が終わったという大事件があるのに、ルーシーの悲しみは世界の終わりそのものではなく、息子のウィリアムに向いている。黒江萬白も、世界が終わっても自分の大切な人のことが頭に残るという整理に反応している。ここで、ゲームのテーマが「終末」から「最後に何を話せなかったか」へ絞られていく。
この見方は、記事としても大事だ。『シュレディンガーズ・コール』をただ「泣けるゲーム」としてまとめると、感情の方向がぼやける。今回の初回で強かったのは、世界が終わるほど大きな出来事の中でも、人が最後に気にするのはかなり個人的な相手だという点だ。ルーシーの場合、それがウィリアムだった。黒江萬白はその理解に何度も立ち止まり、世界の設定より先に、親子の会話へ耳を寄せていた。
2時間台では、ルーシーが刑務所にいた理由や、ウィリアムと離れて暮らしていた事情が少しずつ見えてくる。字幕上でも、刑務所を出た後の視線から逃げる話、電話をかけたい気持ち、ウィリアムへの言葉が続く。黒江萬白は、逃げてきたという表現を一度考え直し、逃亡ではなく、周囲の視線から逃げていたのではないかと整理する。ここは、配信者の読み直しが記事化する価値を持っている場面だ。
ノベルゲームでは、単語の受け取り方で印象が変わる。刑務所、逃げる、罪、守る。強い言葉が並ぶと、視聴者はすぐに結論を出したくなる。しかし黒江萬白は、文脈を見ながら「そういうことだった」と修正していく。これは単なる実況ではなく、物語の解像度を上げる読み方だった。読者がアーカイブを見る時も、ここは台詞を急いで消化せず、どの言葉がどの場面で出たかを確認したい。
3時間25分台からの終盤は、今回の最大の山場だ。ルーシーがウィリアムを守るために罪を犯したこと、それでも会えなくなり、恨まれていると思い込んでいることが前に出る。黒江萬白は「良くない」と反応し、ルーシーが同じ思考に囚われていると受け止める。ハムレットは、ルーシーの心に触れる言葉を選ぶ必要があると告げる。ここで初めて、序盤の「選択肢の難しさ」が本当の重さを持つ。
選択肢で印象に残るのは、「理解したい」か「受け止めたい」かで迷う場面だ。黒江萬白は、ルーシーの気持ちになる必要があると考えながら、どちらが近いかを探る。ここは、視聴者が追体験しやすい具体例でもある。誰かが深く苦しんでいる時、正しい事実を言えばよいわけではない。相手がいま聞ける言葉、受け取れる言葉を選ぶ必要がある。ゲーム内の選択肢ではあるが、配信として見ると、日常の会話にも近い緊張がある。
さらに、ルーシーが一番苦しんでいるのは罪そのものか、ウィリアムのことかを考える場面も重要だった。黒江萬白はウィリアムのことだと判断し、そこからウィリアムの夢、天文学者、望遠鏡へ話をつなげる。ここで選ぶ言葉は、事件の説明ではなく、親子の記憶へ近づくためのものになる。配信の中でも背景が見えてくるように反応しており、物語が開ける感覚があった。
望遠鏡の記憶は、この初回を象徴する小物だった。ルーシーが古い望遠鏡を買い、ウィリアムがそれを大切にしていたこと。壊された記憶があり、それでも望遠鏡を捨てなかったこと。黒江萬白は、望遠鏡を持っているなら恨んでいるだけではないはずだと受け止め、ウィリアムがルーシーを忘れようとしていなかった証として見る。ここは、物語の事実整理だけでなく、配信者の読みがはっきり出た場面だった。
この終盤では、黒江萬白の反応が何度も短く強くなる。BGMがかっこいい、つらい、寄り添えているのか、という言葉が挟まる。どれも長い解説ではないが、選択肢の緊張を視聴者へ伝えるには十分だった。特に、ルーシーが同じ思考へ閉じ込められていると受け止めたあと、黒江萬白が「言葉を選ばなきゃ」と立ち止まる流れは、このゲームの操作がただの分岐選択ではないことを見せている。
また、ルーシーをめぐる話は、説明だけで追うとかなり重い。罪、刑務所、親子の離別、世界の終わり、死にきれない魂が一度に出てくる。黒江萬白はそこへ、望遠鏡という小物を軸に戻した。ウィリアムが天文学者を夢見ていたこと、古い望遠鏡を大事にしていたこと、壊された記憶の中でもその存在が残ること。大きな設定より、ひとつの物に気持ちが集まるため、視聴者も感情の置き場所を見つけやすい。
体験的具体例としては、子どもの頃にもらったものを、壊れても捨てずに持っているような感覚が近い。高価かどうかより、誰にもらったかが残る。ゲーム内では望遠鏡だが、視聴者にとっては、古い玩具、手紙、写真、キーホルダーのようなものを思い浮かべやすい。黒江萬白の「望遠鏡を持っているもの」という整理は、そこを一言でつかんでいた。
終盤で月が落ち、通話そのものが存在しない時間へ触れていく展開は、初見ではかなり難しい。黒江萬白も、未完了通話を完了させてしまったのか、ルーシーは救われたのかと何度も確認する。ここで良いのは、分かったふりをしないところだ。難しい設定をきれいに解説し切るのではなく、救われていたらいい、ルーシーが幸せを感じてくれていたらいい、と現時点の感触で受け止める。ノベルゲームの初回配信として、その不確かさまで含めて自然だった。
第2章へ続く余韻と、概要欄の告知

4時間10分台以降、ルーシーの通話がひと区切りつくと、配信は終わりへ向かう。ハムレットは、メアリーがルーシーを救ったこと、まだ電話の向こうに多くの魂が待っていることを告げる。黒江萬白は、ルーシーが一旦救われたのであればよかったと受け止めつつ、映像、BGM、クライマックスの強さを振り返る。長い配信の終わり方として、ここはかなり素直だった。
特に印象に残るのは、黒江萬白が「こういう系のゲームが好き」と改めて話し、製品版を買ったので続きができると第2章への意欲を見せたところだ。序盤では、ノベルゲーム配信は途中参加者に分かりにくいかもしれないと慎重だった。終盤では、その心配を抱えたままでも、作品の力を受け取って続きへ進みたい気持ちが勝っている。初回配信としては、かなり良い形の着地だったと思う。
ただし、きれいに感動だけで閉じたわけではない。黒江萬白は、久しぶりに長時間やったことや、ノベルゲームなので途中で分かりにくいところがあったかもしれないとも話している。この軽い留保があるため、配信の感想が大げさになりすぎない。4時間半の物語配信は、追う側にも集中力がいる。作品が良かったから全員に簡単に勧められる、というより、時間を取ってじっくり見たい回として残る。
この留保は、V-BUZZで配信記事を書く時にも大切にしたい部分だ。長尺アーカイブは、良かったと書くだけなら簡単だが、実際には途中から入りにくい、物語の前提を忘れやすい、選択肢の意味を後から理解する、といった負荷もある。今回の記事では、その負荷を欠点として大きく扱うのではなく、黒江萬白自身が気にしていた「分かりにくさ」を入口として整理した。だから、読者にも最初から全部を完璧に把握するより、節目ごとに追えばよいと伝えられる。
概要欄の告知も、終盤で改めて機能していた。配信本編では『シュレディンガーズ・コール』公式サイトや開発・販売元表記があり、本人のチャンネル登録、X、各種タグ、Ci-enなどの導線も確認できる。4時間29分台には、明後日のお昼12時からガチャポンが始まるという告知にも触れている。ゲーム本編の余韻で忘れかけた告知を、最後に思い出すように置いていたのが、長時間配信らしい。
関連記事としては、同じ黒江萬白の記念・告知系の配信を扱った記事を合わせて読むと、今回のゲーム配信との違いが見やすい。
この関連記事を置く理由は、黒江萬白の記事を単発のゲーム感想で終わらせないためだ。誕生日配信では、リスナーから届いたマシュマロへどう返すかが中心だった。今回のゲーム配信では、ルーシーやウィリアムの言葉へどう向き合うかが中心になる。もちろん現実のリスナーとゲーム内の人物は別だが、どちらも「相手の言葉をどう受け取るか」を見せる回として読むと、黒江萬白の配信の芯が少し見えやすくなる。
初見者向けに補足するなら、このアーカイブは途中から見るより、少なくとも冒頭の説明と25分台の最初の電話、42分台のハムレット登場、3時間25分台以降のルーシー終盤を押さえると流れがつかみやすい。全部を見る時間が取れない場合でも、黒江萬白がどこで何を理解したかを追うと、単なるストーリー要約より入りやすい。逆に、作品を完全に自分で遊びたい人は、この記事もアーカイブもネタバレを含むので先にゲームを触るほうがよい。
また、時間を区切って見るなら、冒頭から1時間程度で作品のルールをつかみ、3時間台後半を後から見返す形でも印象が変わる。序盤では黒江萬白もメアリーと同じように分からない側にいるが、終盤ではルーシーへ何を言うべきかを考える側へ移っている。その立場の変化を追うと、4時間半の長さが単なる長尺ではなく、読む側の役割が変わっていく時間だったことが分かる。
今回の配信で拾える体験的具体例を整理すると、少なくとも四つある。ひとつ目は、ノベルゲームを配信で共有する前に、途中参加者の分かりにくさを気にする導入。ふたつ目は、黒電話へ「もしもし」と声をかけるまでの緊張。三つ目は、相手の苦しみに触れる言葉を選ぶ場面で、正しい事実より相手が受け取れる言葉を探すこと。四つ目は、望遠鏡を捨てなかったという小物から、ウィリアムの気持ちを読み直す場面だ。どれも、字幕やアーカイブで確認できる具体的な流れに支えられている。
最後に残るのは、長い物語をきれいに理解し切った達成感というより、まだ電話が鳴り続ける世界へもう一度戻る準備ができた感じだった。ルーシーの通話はひと区切りついたが、メアリーの役割は終わっていない。黒江萬白も第2章をやりたいと話していた。初回としては、重いテーマを受け止めながら、次の電話に耳を澄ませる余白まで残した配信だった。
その余白があるから、今回の記事も「初回で何が分かったか」だけでは閉じにくい。メアリー自身の記憶、ハムレットの言葉の真意、次に鳴る電話の相手は、まだ残っている。黒江萬白が終盤で続きに触れたことは、単なる次回予告ではなく、初回で受け取った重さをもう一度読み進める意思として聞こえた。
