裁判の判決より、その後に誰がどんな言葉を引き受けるかで、ストグラのロールプレイはぐっと重く見えることがある。天唄サウが2026年6月10日12時ごろに公開した「【#ストグラseason2 】あげころ裁判を傍聴し苦しい決断を下すUGM社員!【星唄サウ汰/山田パルコ/星乃すみ/揚物ころも/青梅つばめ】」は、星唄サウ汰たちが裁判を傍聴し、UGMの社員としてあげころをどう扱うかを決めていく34分の切り抜き動画だった。
概要欄には、0分28秒の「気づいてあげころ」、3分59秒の「あげころを庇った(?)上田」、8分30秒の「白市民パスは絶望的」、12分52秒の「クビ確定」、20分39秒の「社長の想い」、24分37秒の「本来の筋の通し方」、26分58秒の「クビと出禁を告げる」といったタイムスタンプが並ぶ。ストグラはGTAVの世界で別キャラクターとして暮らすロールプレイ企画であり、概要欄でも出来事や発言はRP上のフィクションだと明記されている。この記事でも、現実の裁判や雇用、医療、法律の話としてではなく、星唄サウ汰たちが街の中でどう筋を通したかを見る。
今回の記事タイプは、複雑企画・ロールプレイ配信の切り抜き整理だ。動画の核は「判決がどうなったか」だけではない。裁判中の証言をどう受け止めるか、白市民パスを持たせてよいのか、UGMから外す判断を誰が引き受けるのか、そして戻ってくる条件をどこまで残すのか。体験的具体例として拾えるのは、友人を助けたい気持ちがかえって責任の見え方を曇らせる場面、便利な弁明より自分の判断を認める必要がある場面、解雇を伝えながらも後日の再起条件を残す場面の3つ以上がある。どれも概要欄と日本語自動字幕で流れを確認できる。
裁判の証言で、友情と責任のズレが見える

0分28秒からの本編は、裁判での問いかけから始まる。あげころは、問題になったイベントへ行った理由として、前の街から仲良くしてくれている大事な友人の店だったこと、歌を聞きに来てほしいと連絡をもらったことを説明する。ここだけを切り取ると、身近な友人を応援しに行った話にも見える。ただ、裁判の場では、その行動が混乱を招いたかどうか、本人がそこまで考えたかどうかが問われる。
自動字幕では、あげころが「そこまで考えが至らず、自分の判断で行った」という趣旨を認める流れが確認できる。ここは今回の動画の入口として大事だ。誰かに言われたから行った、サプライズだから盛り上がると思った、友人のためだった。そうした理由は、気持ちとしては分かる。けれど、裁判RPの場では、それが結果に対する責任を軽くするとは限らない。
1分台のやり取りを見ると、あげころはイベントに行った理由を、友人の店であり、歌を聞きに来てほしいと連絡を受けたからだと説明している。その直後に、混乱を招いたことや、反省の色が見えないと言われることを受け止める流れがある。ここで記事が拾いたいのは、謝罪の有無だけではない。友人を思う動きが、周囲からは「問題が起きている店へ何をしに行ったのか」という別の問いへ変わってしまう。その変化が、裁判の場では早い段階で見えていた。
視聴者が追体験しやすいのは、この「よかれと思って動いたが、外から見ると筋が悪い」状況だ。友人のイベントに顔を出すこと自体は、普段なら自然な行動に見える。だが、すでに別の店や団体を巻き込む問題が起きている時は、その一歩が別の意味を持つ。動画では、本人の動機が友情だったとしても、結果として反省の色が薄く見えたことを裁判の言葉で確認している。
3分台には、上田から「サプライズの方が盛り上がる」という提案があったという説明も出る。ここでサウ汰側の反応として印象に残るのは、最後に「私の判断で」と言えるかどうかを気にしている点だ。誰かから提案されたことでも、最終的にOKしたなら、自分の判断として引き受ける必要がある。これは裁判RPとしての厳しさであり、同時に、あげころが今後変われるかどうかを見る線にもなっている。
2分台には、上田がサニーケバブを出禁になっていた認識も問われる。字幕では、いろいろありすぎて忘れていたという趣旨の返答があり、傍聴側にも驚きが走る。これも、あげころ一人の謝罪だけでは片づかない理由になっている。友人に誘われた側の判断だけでなく、誘った側がどんな状態だったのか、出禁の相手のために動いたことがどう見えるのかまで、裁判の中で材料として積み上がっていく。
この場面は、前回までのUGM関連切り抜きを見ている読者には続きとして入りやすい。6月5日の会議回では、ケバブ店騒動を聞き取り、UGMとしてどう処理するかを考えた。6月8日の裁判準備回では、誰が弁護人に立つか、診断書を出すかどうかを整理した。今回はその先で、裁判の場に出た言葉を、UGMの判断へどうつなぐかが中心になる。
証言の序盤で、動画は「悪意があったのか」よりも「自分の判断として認められるのか」を見ている。これは、責めるための言い換えではない。ストグラのRPでは、キャラクターが失敗したあとに、誰かのせいにして逃げるのか、自分の行動として引き受けるのかで、その後の関係性が変わる。裁判での受け答えは、判決のためだけでなく、周囲が今後どう接するかを決める材料にもなる。
もう一つ、この冒頭で効いているのは、裁判のやり取りをサウ汰たちが傍聴者として見ていることだ。自分たちが直接すべてを裁くわけではない。けれど、UGMの社員が関わった以上、判決を聞いた後に社内の判断をしなければならない。裁判所の場とUGMの場が分かれているから、動画の緊張感は二段になる。まず裁判で事実が整理され、その後に会社としての処遇が残る。
記事としてここを押さえる理由は、後半の「クビ」や「出禁」が、ただ強い言葉として出ているわけではないからだ。冒頭で、本人がどう認めたか、誰の提案に乗ったか、どこで自分の判断を置いたかが見えている。その土台があるから、後でサウ汰が厳しい言葉を選んでも、感情だけで切ったようには見えにくい。
裁判の会話は、字幕だけを読むと固有名や言い間違いが多く、揺れて見える。だが、場面の構造は追いやすい。質問する側は、イベントへ行った理由、出禁の認識、上田からの提案、自分の判断として引き受けるかを順に聞いている。あげころ側は、友人の店だったことや、歌を聞きに行きたかったことを説明しながらも、混乱を招いたことを否定しきれない。ここで視聴者は、善意と結果がずれていく過程を見せられる。
この「善意と結果のズレ」は、ストグラの長いRPを見る時に重要な入口になる。キャラクターが本当に悪意だけで動いているなら、話は単純だ。けれど、今回の切り抜きでは、友人のため、サプライズのため、場を盛り上げるためという言葉が先にある。そのうえで、周囲からは反省が薄い、また同じことをしそうだ、上田に流されているように見える、という受け止めが重なる。悪意がないから許す、では終わらないところに、この裁判傍聴パートの重さがある。
白市民パスを持てるか、街での見え方を考える

7分台から8分台にかけて、話は「あげころが変われるのか」「今の状態で白市民パスを持てるのか」へ移る。字幕では、同じようなことを短いスパンで繰り返しているように見えること、また何か仕掛けられたら断れずに同じことをしてしまうのではないか、という心配が出ている。裁判の結果を待つだけではなく、街で今後どう生活するかを考える場面だ。
8分30秒ごろ、概要欄のタイムスタンプにもある「白市民パスは絶望的」という論点が出る。サウ汰たちは、共犯がつくかどうかだけでなく、今の状態で白市民パスを持ってよい人に見えるかを話している。白市民パスはストグラ内の制度や街の文脈に関わるもので、現実の資格や許認可として読むものではない。大事なのは、RP上の街で「この人に任せてよいのか」という信頼の見え方だ。
9分台から11分台にかけては、罪状そのものよりも、申請した時にどう見られるかへ話が寄っていく。字幕では、交通関係の軽い違反とは違い、今回のような問題は申請時点で難しくなるだろうという趣旨の会話が続く。ここでの白市民パスは、書類上の可否だけではなく、日頃の行いを含めて判断されるものとして扱われていた。制度を抜け道のように使えるかではなく、街の人が納得できる状態かどうかを見ている。
ここでの体験的具体例は、肩書きや許可証が本人だけの問題ではなく、周囲からの信頼を背負うものになる状況だ。たとえば、職場で何かを任される時、本人が「もう大丈夫」と言うだけでは足りないことがある。周囲が見て、同じ失敗を繰り返さないと思えるか。トラブルが起きた時に、誰かに流されず止まれるか。動画では、それが白市民パスの話として置かれている。
この章で効いているのは、裁判の勝ち負けと、街での信用を分けているところだ。判決でどの罪状がつくか、執行猶予がどうなるかは重要だが、それだけでUGMや周囲の不安が消えるわけではない。自動字幕では、今後また事件があったらどうするのか、UGMの名前が前に出てしまうのではないか、という趣旨の会話が続く。これは、会社や店の看板を持つロールプレイならではの重さだ。
初見者向けに補足すると、ストグラでは、街の中の職場、飲食店、警察、病院、住民同士の関係が、長い配信の積み重ねで動いていく。だから、あるキャラクターの行動は、その人だけで完結しない。UGMで働いているなら、UGMの人として見られる。誰かの友人なら、その友人の判断にも影響する。今回の動画は、その「ついて回るもの」を何度も確認している。
この部分は、見ている側にも少し息苦しく感じるかもしれない。本人が反省しているなら許してあげたい、という感覚もある。一方で、同じようなことがまた起きた時、周囲がまた説明や謝罪に回ることになる。動画では、そうした甘さと不安が同時に出ている。サウ汰たちが厳しい判断へ寄っていくのは、冷たさだけではなく、次に同じことが起きた時に守れないものが増えるからだ。
12分52秒ごろには、概要欄の「クビ確定」に近い会話へ入る。字幕では、UGMで軟禁するという冗談めいた言い方の後に、首だという判断が出てくる。言葉は強く、場面としては重い。だが、ここまでの流れを追うと、そこには、白市民パスや街での信用、UGMの看板、同じ失敗の再発への心配が重なっている。
この動画が単なる「罰を下す切り抜き」に見えないのは、判断の前に迷いがあるからだ。誰もすぐに楽な結論へ飛びついていない。あげころの今後、上田との関係、UGMとしての見え方、街の人にどう受け止められるかを考えたうえで、それでも今は持たせられない、今は置いておけないという方向へ進む。ロールプレイとしての説得力は、この迷いにある。
白市民パスの話は、制度名だけを見ると初見者には少し分かりにくい。けれど、この動画での役割ははっきりしている。街の中で信用される側へ立てるかどうか、という線引きだ。サウ汰たちは、判決が出た直後に「罪が軽いか重いか」だけを見ていない。本人が次に誘われた時に断れるか、UGMの名前を背負ったまま同じ失敗をしないか、周囲が安心して仕事を任せられるかを見ている。だから、白市民パスは、単なるカードではなく、街の人からどう見られるかの象徴として機能している。
また、上田との関係がここで何度も戻ってくるのも重要だ。あげころ一人が反省しても、同じ相手にまた巻き込まれるなら、街の不安は残る。動画内では、上田の方が罪が重く見えるという話や、上田がまた何かを起こせばあげころも巻き込まれるという心配が出ている。これは、責任を分散するための話ではない。むしろ、あげころが自分の判断で止まれるようになる必要がある、という話だ。誰かに言われたから仕方ない、ではなく、次は自分で止まる。その課題が、白市民パスの可否にもつながっていた。
解雇の言葉に、戻ってくる条件を残す

20分39秒ごろからは、「社長の想い」として、重要な場面が来る。サウ汰は、正直な気持ちとして、あげころをクビにはしたくないと話す。今まで一緒に働いてきたからだ。けれど、心の中の別の社長に言われたように、UGMを守るためには、今あげころに罪の重さを感じてもらわなければいけない、本当の優しさではない、と整理していく。
この言葉は、今回の動画で一番記事に残したいところだ。クビにしたいからクビにするのではない。むしろ、クビにしたくないからこそ、甘く置いたままにできない。ロールプレイ上の厳しい判断だが、そこには「責任を感じる機会を奪わない」という考えがある。身内だから助ける、ではなく、身内だからこそ重さを分からせる。この切り替わりが、サウ汰の役割をはっきりさせている。
体験的具体例としては、誰かが失敗した時に、その場で全部を許すことが本当に優しさなのか、という状況がある。許すこと自体は大切だが、相手が何を壊したのかを理解しないまま戻してしまうと、同じ問題がまた起きる。動画では、賠償金を払い、街の人や店長に認められ、変わったと見てもらえるようになったら、もう一度考えさせてほしいという戻り道が示される。ここが厳しいだけで終わらない。
21分台から22分台にかけて、サウ汰は、時間が経って、町の人にも店長にも認められるあげころになり、賠償金も払い終え、UGMで働きたいと頭を下げてきたら、もう一度考えたいと話す。これは、即時復帰ではない。条件付きの将来だ。だからこそ、ただの情けではなく、再起の筋として読める。
この場面で大切なのは、「今すぐ答えをくれ」と迫っていないことだ。自動字幕では、相手の心の中がぐちゃぐちゃになっているだろうから、今すぐでなくていい、もっと時間が経ってからでもいい、頭の隅に置いておいてもらえるとうれしい、という流れがある。裁判直後の感情が強い時に、復帰の約束を取り付けるのではなく、未来の可能性として置く。そこが慎重だった。
24分台後半には、賠償金をUGMが立て替えるかどうかの筋も話題になる。もしUGMで働き続けるなら社内で支える形も考えられるが、解雇となるなら、外で働いて自分で返す方が筋が通るという整理だ。ここは細かい会計の話に見えて、実は復帰条件の芯に関わっている。UGMの中にいれば、周囲が先に負担をかぶってしまう。外で働き、50万を稼ぐ大変さを体で知ることが、反省を言葉から行動へ移す最初の段取りになる。
記事として見ると、この慎重さが、前回の裁判準備回からの続きにもなっている。6月8日の動画では、診断書や弁護人の話を通して、勝ち筋よりも相手にどう見えるかが重視された。今回も同じで、今ここで「いつか戻れる」と明るくまとめすぎると、被害を受けた側や周囲には軽く見えるかもしれない。だから、戻る条件を具体化しつつ、決定は未来へ預けている。
サウ汰がここで「UGMのみんなの言葉」や、仮面を外した後に電話してくれたあげころの言葉に触れるところも、切り抜きとして効いている。あげころを単なる問題児として扱っていない。これまでの関係や支えがあったことを認めている。だからこそ、切る判断が軽く見えない。関係があるから残したい。でも関係があるから、今のまま置けない。その二つが同時に出ている。
視聴者として追うなら、この章は、解雇という結果よりも、解雇をどう言葉にするかを見ると分かりやすい。サウ汰は、怒りに任せて追い出すのではなく、何をしたら戻れるかを話す。賠償金、街の人からの認められ方、店長への向き合い方、本人が頭を下げること。条件が具体的だから、ただ「いつかまたね」と曖昧に濁したわけではない。
もちろん、ここには重さも残る。戻り道を示したからといって、すぐに許されるわけではない。街の中で人に迷惑をかけたなら、街の中で信頼を取り戻すしかない。ストグラの面白さは、こうした長い時間の回復を、次の配信や切り抜きでまた追えるところにある。今回の動画は、その入口を作っている。
この戻り道の描き方は、記事としても丁寧に扱いたい。単に「クビだけど、いつか戻れるかも」と書くと軽く見える。動画で言われている条件は、もっと具体的だ。賠償金を払い終えること、街の人から変わったと見られること、店長にも認められること、本人がUGMでまた働きたいと頭を下げること。そのどれも、配信内の一言で済むものではない。時間を使い、別の場所で働き、周囲に見られながら信頼を戻していく必要がある。
だから、この場面は「優しい救済」だけではなく、「先に大変な時間を置く」判断でもある。サウ汰は、今すぐ許すとも、絶対に戻さないとも言わない。どちらかに振り切れば、場面としては分かりやすい。だが、ストグラのRPでは、その分かりやすさが逆に浅く見えることもある。今回の切り抜きでは、許したい気持ちを残しながら、すぐには戻れない距離を作る。その中間の置き方が、後味を重くしすぎず、軽くもしすぎない。
もう少し具体的に見ると、20分台の会話では、あげころが過去に支えてくれたことも語られている。サウ汰が仮面を外した後に電話してくれたこと、UGMのみんなの言葉に支えられてきたことが出る。これは、解雇判断の前に関係性を消さないための言葉だ。問題を起こした人物を、それまでの関係ごと全否定するのではない。良かったところもあった。助けられたこともあった。それでも、今は線を引く必要がある。ここまで言うから、後の「クビ」がただの怒りに見えない。
出禁を告げた後も、RPの続きは消えない

26分58秒ごろ、ついにあげころへ「UGMのクビです」と告げる場面に入る。サウ汰は、今回裁判で出た答えと判決を踏まえ、この先も自分と向き合って、過ごし方を考えてくださいと伝える。ここは、言葉だけなら短い。だが、前段の会話があるため、単なる宣告ではなく、長く考えた結果として届く。
その後、上田にも、執行猶予中に罪を犯せばあげころも同じ道に引きずり込むことになると釘を刺す流れがある。今回の動画では、あげころだけを見ていると少し構図が狭くなる。上田の提案や関わり方も問題として残っている。あげころが反省していても、周囲に流される構造が変わらなければ、また同じことが起きる。ここもサウ汰たちが気にしていた点だ。
さらに28分台には、あげころ自身が、執行猶予中に罪を犯さず、白市民として働いていきたい、UGMはクビになりたくてやったわけではない、反省したと思ってもらえたらまた一緒に働きたい、という趣旨を話す。これに対して、まずは賠償金を払うこと、UGMの外で50万を稼ぐ大変さを身をもって感じることが求められる。ここでの「外で稼ぐ」は、罰というより、問題の重さを自分の時間で理解するための段取りに見える。
29分手前には、執行猶予期間中、あげころはUGMも出禁だと告げられる。解雇だけなら、社員ではなくなるという線引きだ。出禁まで入ると、しばらく近くで甘えることもできない。これは厳しい。ただ、同時に「1ヶ月しっかり」「賠償金を払い終えて」「白市民のまま報告できるように」という道筋も残っている。閉める扉と、遠くに残す扉が同時にある。
この終盤でよかったのは、サウ汰が裁判の判決を受けて、UGMとしての判断を分けて伝えていることだ。裁判は裁判。UGMの処遇はUGMの処遇。白市民としての過ごし方、賠償金、出禁、復帰の可能性は、それぞれ別の線として整理される。複雑なRP回は、こうした線が混ざると分かりにくくなる。今回の切り抜きは、タイムスタンプも含めて、要所を押さえやすい形でまとまっていた。
体験的具体例として最後に残るのは、謝罪や反省が「言葉」だけでは完了しない場面だ。反省したと言うことはできる。戻りたいと言うこともできる。だが、街の人に変わったと思ってもらい、店長や関係者に認められ、賠償金を自分で返して、何も起こさず過ごす時間が必要になる。視聴者は、その時間の長さを想像できる。だから、34分の動画なのに、見終わった後には次の数週間の話が残る。
30分台から31分台にかけて、あげころは、また店へ戻れるようにしたいと話す。そこで返ってくるのは、言葉ではなく行動で示すこと、賠償金を払ったら終わりではなく、そこがスタートラインだという確認だ。ここで記事の読み筋も少し変わる。解雇と出禁はこの動画内で決まるが、信頼を戻せるかどうかは次の配信、次の街での振る舞いへ持ち越される。今回の34分は結末ではなく、復帰できるかを測る期間の始まりでもあった。
この「スタートライン」という置き方は、読者が次に見るべきポイントもはっきりさせる。賠償金を返したかどうかだけではなく、返すまでの働き方、誰と距離を取るのか、誘われた時に断れるのか、UGMの外でどう評価されるのかが次の材料になる。今回の記事で条件を細かく残すのは、その後の切り抜きや本配信を見た時に、どの約束が守られ、どの不安が残ったのかを確認しやすくするためだ。
ここは、ストグラのロールプレイ記事として特に扱いに注意したい。現実の法律や職場トラブルの正解を語る記事ではない。あくまで、配信内のキャラクターが、街のルールと関係性の中で判断している。その前提を置いたうえで見ると、今回の切り抜きは、判決後の処理を感情だけで終わらせない回として強い。クビ、出禁、再起条件という硬い言葉の間に、関係を完全には捨てない揺れが残っている。
初見で見るなら、冒頭の証言、8分30秒ごろの白市民パスの話、20分39秒ごろの社長の想い、26分58秒以降の告知を押さえると、流れがつかみやすい。全部の固有名や過去の経緯を知らなくても、誰かを助けたい気持ちと、組織として筋を通す必要がぶつかっていることは分かる。ストグラの裁判RPを追う入口としても、UGM側の判断を読む続き物としても、見応えのある切り抜きだった。
終盤で出禁まで告げられると、どうしても場面の印象は冷たくなる。だが、動画を通して見ると、出禁は関係を切り捨てるためだけのものではない。しばらくUGMに近づけないようにすることで、あげころが外で働き、賠償金を返し、白市民として過ごす時間を作る。近くにいれば、周囲は情で助けたくなる。本人も甘えたくなるかもしれない。その距離を一度作ることが、再起条件の一部になっている。
この終わり方は、配信者の切り抜きとしても整理価値がある。34分の動画は、裁判のハイライト、社内判断、今後の条件を一気に見せる。長い本配信や複数人の視点を全部追えない読者にとって、どこが今回の区切りだったかが分かりやすい。一方で、切り抜きだけで全員の心情や街の今後を断定するのは危ない。この記事では、概要欄と字幕で確認できる範囲に絞り、あくまでUGM側の傍聴と判断を中心に読んだ。
軽い留保も置いておくと、ストグラを途中から見始めた人には、固有名と過去経緯が少し多い回ではある。上田、あげころ、パルコ、UGM、白市民パス、ケバブ店の騒動が短時間に出てくるため、完全な初見では全部を理解するのは難しい。けれど、今回の動画は、過去経緯を細かく知っているかどうかより、「誰かを助けること」と「組織として筋を通すこと」がぶつかる話として見ると入りやすい。そこに絞れば、34分の中で何が苦しい判断だったかは十分伝わる。
見返す時は、概要欄のタイムスタンプをそのまま使うのが分かりやすい。0分台は証言の確認、8分台は信用の話、20分台は社長としての本音、26分台以降は処遇の告知だ。時系列で全部を追うより、まずこの4点に分けると、動画の役割がつかみやすい。証言で何が認められたのか。信用面で何が難しいのか。解雇を選ぶ側にどんな迷いがあったのか。最後に、どんな条件が残されたのか。これを順に見ると、裁判傍聴の切り抜きでありながら、実際には「裁判後の街でどう生き直すか」を読む動画になっている。
また、サウ汰の言葉は強いが、強さの向きは終始ぶれていない。相手を笑いものにするためではなく、UGMの名前を背負っている人間として、どこまで守れるかを見ている。あげころを守りたい人がいるからこそ、守り方を間違えると、本人にも周囲にも悪い形で残る。今回の切り抜きは、その難しさを短い会話の積み重ねで見せた。重い題材ではあるが、最後に残るのは断罪の爽快感ではなく、次に同じ場面が来た時に本人が止まれるかどうかへの注目だ。
個別記事として残す価値も、そこにある。新しい情報は「動画が公開された」だけではなく、前回までのUGM会議と裁判準備を受けて、実際に裁判傍聴後の処遇が言葉になったことだ。あげころをどう見るか、上田との関係をどう扱うか、UGMに戻る条件をどう置くか。これらは、今後同じストグラ文脈を追う時の前提になる。今回の動画を押さえておくと、次にあげころやUGMが動いた時、単なる復帰話や処分話ではなく、どの条件を越えたのか、どの信頼がまだ残っているのかを読みやすくなる。
短い切り抜きではあるが、前後の文脈を読ませる力は強い。裁判の場面だけを追う人にも、UGM側の会話を追ってきた人にも、ここで一度区切りが付いたことが分かる。次にこの話題が動く時も、この回の言葉が基準線になる。だからこそ、速報的に流すより、判断の理由まで残す記事に向いている。
最後に残るのは、あげころを切る話ではなく、どうしたらもう一度街で信頼を作れるかという話だった。サウ汰は厳しい言葉を選ぶが、戻る条件を完全には消していない。裁判で何が認められたか、UGMとして何を守るか、本人がどう変わるか。その3つを分けて置いたことで、今回の切り抜きは、騒動の結果発表ではなく、次のRPへ向けた区切りとしてまとまっていた。
動画本体は、裁判中の証言、白市民パスに関する会話、社長としての想い、解雇と出禁の告知を確認する中心資料として読む。概要欄のタイムスタンプは場面の入口として役に立ち、自動字幕では、あげころが自分の判断を認める流れ、白市民パスは難しいという判断、賠償金や再起条件の話が追える。ただし、自動字幕は人名や固有名、ロールプレイ内の制度名に揺れがあるため、細かな用語の断定より、場面の前後関係と動画内の流れを優先して整理している。
天唄サウの公式YouTubeチャンネル、公式X、Twitchは、本人の公式導線として参照した。ストグラ公式X、公式wiki、運営FANBOXは、ストグラがGTAV上のロールプレイ企画であり、出来事や発言をRP上のフィクションとして見る必要があることを確認する補助情報として扱う。この記事では、現実の法律や雇用判断に広げず、動画内で確認できる会話と概要欄の説明に基づいて読んでいる。
